円山表参道。
価値を重ね、新たな景色へ。
長い時間を経て、暮らしの記憶を刻んできた場所には、
受け継がれてきた価値が積み重なっています。
札幌有数の邸宅街として知られる円山も、
そのひとつです。
東急不動産はこれまで、この街で数多くの
住まいを手がけ、
街とともに住まいづくりの知見を育んできました。
そして今、円山の多様な価値と、
私たちが培ってきた叡智が響き合い、
新たなレジデンスが誕生します。
「ブランズ円山表参道テラス」
北海道神宮へと続く正統の道、表参道という地を得て、
環境先進を追求する「ブランズ」が
円山の次なる風景を描きます。
いにしえより、
北海道神宮と札幌中心部を結び、
円山の時を紡いできた表参道。
綿々と積み重ねてきたのは、
そこに住む誇り。
明治2年、判官・島義勇は、円山の丘から京都をモデルにした都市計画を構想しました。その後、島の跡を継いだ岩村通俊は京都・東山の名勝になぞらえ、この地を「円山村」と命名。円山は、北の都に京都の美を写そうとした、先人たちの夢の象徴でした。
明治4年、開拓三神を祀る札幌神社(現・北海道神宮)が円山へと遷座されました。住民は神聖な“特別な場所”に暮らすことを、誇りにしていたと伝えられています。その矜持は、やがて「円山」という地名そのものへの誇りへとつながっていきます。
大正13年には路面電車が円山公園まで延伸され、中心部へのアクセスが飛躍的に向上。戦後から高度経済成長期にかけて、政財界の重鎮や文化人たちがこぞってこの地に邸宅を構え始めました。さらに昭和51年の地下鉄開通で抜群の利便性も加わり、豊かな自然と格式が調和する札幌有数の邸宅街へと発展を遂げました。
※1 円山エリア(札幌市中央区南6条~北9条/西20丁目~西28丁目)の中で札幌都心に近い西20丁目~西22丁目エリアのエリアを概念的に「円山フロント」と呼称しています。
※掲載の航空写真は現地周辺を撮影(2025年9月)した写真をCG加工したもので、実際とは異なります。また、現地の位置を表現した光は、建物の規模や高さを示すものではございません。周辺環境は将来にわたり保証されるものではございません。
※掲載の航空写真・エリア概念図は、現地周辺を撮影(2019年9月)した写真をCG加工したものに、円山エリア、メディカルエリア、アートエリアおよび都心再開発エリアを概念的に表現したもので実際とは異なります。また、都心再開発エリアはどうしん電子版『札幌再開発マップ』(2026年6月現在)」を基にした情報を掲載したもので、各計画は今後変更となる場合がございます。周辺環境は将来にわたり保証されるものではございません。
※掲載の用途地域図は、札幌市ホームページ内「都市計画情報提供サービス」を基に作成したもので周辺の建物や道路を一部省略しています。距離や建物の高さ等は実際とは異なります。