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QUALISM 究極を味わう

Vol.3 “永遠”をカタチにのこす。

400年の伝統を未来へ。

鈍色(にびいろ)に輝くそのカップに触れると、ほのかな温かさを感じる。そのまま口元に運ぶ。すると、その手に感じた温かさよりも確実に熱いお茶が、唇にあたった。

 

カップの素材は、チタン。航空機やクルマなどに使われるものだ。特徴は軽くてタフ。ゆえに加工もひと筋縄ではいかない。そんな難しい素材を、さまざまなテーブルウェアに仕上げているのが、新潟県燕三条の職人たちだ。

「燕三条で金属加工が始まったのは、室町時代とも江戸時代寛永年間とも言われています。信濃川がたびたび氾濫するために農業がたちゆかず、和釘(わくぎ)を製造したのがきっかけでした。やがて時代は進み、和釘から和食器、洋食器へと移り変わる中で、燕三条の技術は世界に知られることになります」

鶴本晶子
女子美術短期大学卒業後、ニューヨークと東京を拠点に、現代美術家コラボレーターとして、作品制作、マネジメント、企画に携わる。2007年、株式会社セブン・セブン「SUSgalleryブランド」マネジング&クリエイティブディレクターに就任。企業ブランディングを通じて、質の高いデザインと日本の技術の融合による、上質でクリエイティブな持続可能社会の実現を目指している。

歴史を紐解いてくれたのは、SUSgalleryのマネージング・クリエイティブディレクターの鶴本晶子さん。ニューヨークで現代アートを扱っていた鶴本さんが日本に戻り、出会ったのが、燕三条で生み出される工芸品のような工業品だった。

「燕三条の技術に裏付けされた商品を、世界へアピールするプロジェクトに加わりました。しかし直後にリーマン・ショック。空中分解寸前のプロジェクトに残ったのは、自分ひとりだったんです。そこで考えました。燕三条の持ち味をより引き出し、世界的ブランドにするためには、どうすればいいかを」 

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燕三条には、世界に認められた技術力はあった。アメリカ・アップル社が人気商品「iPod」裏面の鏡面仕上げを、当初は燕三条の職人に依頼していたのは広く知られた話だ。足りないのは商品企画力とマーケティング能力。鶴本さんは、そこに自分がアート界で培ってきたものが活かせると考えた。

しかし実際は、試行錯誤の連続だった。大学でデザインを学び、ニューヨークと東京を拠点に、時代の先端を生きてきた鶴本さんが描く商品デッサンは、燕三条の熟練職人たちを戸惑わせた。

「工場を訪れたとき私が見つけたチタンカップは、職人達が失敗作とした中で輝いていました」 “この失敗作をつくってほしい”と鶴本さん。工業製品として、均一したクオリティのものをつくってきた職人たちにとって、“すべて違うカタチでいい”という提案は理解できないものだった。しかし、それが東京の有名百貨店に大量に納品され、瞬く間に完売したとなると職人達の目の色が変わった。さらに「APEC2010」で集まった各国首脳へのギフトに選ばれたことで、確信に変わった。

それは400年にわたってつないできた燕三条の「Made in JAPAN」が、アートの世界で磨かれた感性と融合することで、新たな工芸品として世界に羽ばたいていった瞬間でもあった。

APEC2010に集まった各国首脳への贈答品に

アジア太平洋経済協力加盟の国と地域が参加した国際会議、APEC2010。世界のVIPをもてなすギフトとして、SUSGallery真空チタンカップミラーシリーズが選ばれた。「日本の技術力の高さと和の美しさを兼ね備えたものとして評価いただきました」(鶴本マネージング・クリエイティブディレクター)。