ページ内移動用のリンクです




QUALISM 究極を味わう

Vol.2 江戸からかみ

伝統工芸職人であること

絵の具をつけた版木(はんぎ)に、大判の紙を静かに乗せる。さっと頬をこすった掌を紙の上に置き、平泳ぎするようにすいすいと動かしながら、版木の文様を紙に写してゆく。ふわりとめくり上げた紙に、ほのかに光りながら浮き立つ雲母摺り(きらずり)の絵柄が現れた。きっちりと絵付けできているかを確認し、1㎜の狂いなく柄が繋がるように、紙を送って摺り繋ぐ。


「ほっぺたに掌を当てるのはなぜかって? それは皮脂で掌の滑りをよくするため。柄を繋げるのは難しいねえ。紙は、その時の天候で微妙に大きさが変わるから、勘だけが頼り。失敗したときは、ちくしょう、おもしろくねぇなあって思いますよ」。
紙と版木を見つめる険しい表情から一転、親しみある江戸っ子口調でそう語るのは、江戸時代から続く唐紙師一家の五代目、小泉幸雄氏だ。伝統を牽引する一人者でもあるが、曰く、「本格的に取り組んだのは、四十を過ぎてから。おやじは自分でなんでもやっちゃう人だったから、手を出せなくてね」。

photo

現在は、伝統技法を守るべく跡を継いだ2人の息子と、江戸からかみ作りに励んでいる。
「お前は一生貧乏だ。この世界に入ったときに、おやじにそう言われましたよ。でもね、そんなことより、いいものを作りたい。なにが我慢ならないって、仕事で手を抜くこと。だって、手を抜けっこないですよ。まだまだ半人前ですから」。
職人のひたむきな思いがあってこそ守られる、伝統の技。奥ゆかしく輝く文様と、職人、小泉幸雄の生き様が重なった。

唐紙師 小泉 幸雄
1947(昭和22)年生まれ。1850(嘉永3)年創業の唐紙師であり “江戸の名工”と呼ばれた小泉七五郎の血をひく五代目。国と東京都指定の伝統工芸士。雲母を用いた木版摺りや、刷毛を使い縞模様などを引く技法を得意とする。

江戸からかみのものづくり

「からかみ」とは、彫刻をほどこした版木に、雲母や胡粉(ごふん:貝殻の粉末)などの顔料をつけ、手摺りで和紙に文様を写しとる技法。その歴史は古く、平安時代にまでさかのぼる。もとは、中国から渡来した文様紙を、和歌をしたためる美しい紙に模したのが始まりだ。その後、書院造りや茶室の襖紙として重宝され、京都を中心に発展した。
江戸時代、武家や町人の暮らしにも襖が取り入れられ、日用品としての需要に応えるべく独自に発展したのが、「江戸からかみ」だ。「京からかみ」が公家好みの優美な文様であるのに比べ、「江戸からかみ」は、季節感のある草花や、縞や格子など、生活に密着した絵柄であるのが特徴だ。


photo

江戸からかみが暮らしに浸透し文様の種類が増えるほど、職人は技術を競い合うようになる。それぞれが得意とする技を磨き、職人の技法も細分化された。紙に木版で手摺りをしたり、刷毛で文様をつける「唐紙師」、金銀箔を紙の上に蒔き図柄を描く「砂子師」、文様を彫りぬいた型紙を紙の上に置き、刷毛で絵の具を摺り込む「更紗師」と、大きく分けて三つの仕事がある。

photo
ダイナミックでのびのびとした絵柄が粋な江戸からかみ。1999年、国の伝統的工芸品に指定された。
photo
木に文様を彫った版木(はんぎ)。江戸時代に作られたものは、多くが震災と空襲で
焼失したが、近年、当時のものが発見された。江戸からかみを語る貴重な資料だ。
版木の上に丁寧に絵の具を乗せるための篩(ふるい)や地色を紙に
引くための刷毛など、使いこんだ道具が仕事場に並ぶ。