この街に住む BEAUTIFUL TOWN

時代を超えて愛される街『番町』歴史散歩

皇居を東に望み、南の新宿通りと北の靖国通りに挟まれた番町は、
穏やかな街並みを持ち、山の手の住宅街の代表格といえます。
歴史情緒あふれる落ち着いたたたずまいは、一朝一夕にして生まれたものではありません。
どのような歴史を経て今の番町が生まれたのか、
どのような人々がこの地で命をつむいできたのか。
各時代ごとに振り返りながらひもといていきます。

幕府を守るために
生まれた番町
日本の国学・
国文を伝える地

そもそものはじまりは、江戸時代にさかのぼります。江戸城に入った徳川家康が、城の西側の守りを固めるために旗本たちを住まわせ、それまで田畑ばかりだったところに武家屋敷が多く作られました。幕府の警護に当たる旗本たちは「大番組」と呼ばれており、これが「番町」という名前の由来となりました。大番組は一番組から六番組で編成されていたため、それぞれの屋敷の場所に合わせて一番町から六番町の町名がつけられました。区画整理によりそれぞれの位置は当時から変更されているものの、これらの町名が今も残っています。

麹町区史には番町の詳しい歴史が

江戸時代後期になると、番町には幕府公認の下、盲目の国学者、塙 保己一(はなわ ほきいち)により塙検校和学講談所が設けられ、国典の教授・史料の編纂が行われました。保己一は40年かけ、国史・国文などの典籍を収めた『群書類従』670冊刊行の偉業を成し遂げました。当時は漢学の学問所のみ各地に存在する状況だったため、このような学問所ができたことは、非常に意義深いものでありました。彼のことをうたった狂歌「番町で目あき盲(めくら)に道を聞き」が今も伝えられています。ここでいう「道」は、学問のことでした。このほか、蘭学塾「鳩居堂」が開かれるなど、番町は時代に先がけ、日本の学問が伝えられる地となりました。

明治維新後、
政治の中心地に

東郷邸にあったというライオン像

明治時代になると、新天地を求め番町から出ていく旗本も多くいました。同時に、明治維新により政府の要職に就くため西からやってきた薩摩藩や長州藩の藩士たちや、華族という身分を与えられた人たちが東京に住む場所を求めました。官庁や皇居に隣接していた関係から利便性の高い場所として番町が注目され、政府の官舎や華族の屋敷が増えていくことになります。当時の内閣総理大臣を務めた山県有朋(やまがた ありとも)や若槻礼次郎(わかつき れいじろう)の邸宅もここにありました。また、三番町には、世界三大提督のひとり、東郷平八郎(とうごう へいはちろう)も住んでおり、その住居跡は現在、東郷元帥記念公園として私たちの前にあります。この公園の西側には東郷坂と呼ばれる坂もあり、当時を想像する手がかりとなっています。

文学・音楽・
絵画など、
多くの文化が
生まれる場に

明治時代後半から昭和にかけて、多くの文化人が番町に住むようになり、この地で多くの作品が生まれました。これは、当時出版社が集まっていた神保町にほど近く、新進気鋭の作家たちや、作家を志す人たちがその利便性に惹かれ集まってきたためです。その顔ぶれはというと、武者小路実篤、有島武郎、藤田嗣治、滝廉太郎、山田耕筰、菊池寛、島崎藤村、泉鏡花、与謝野晶子・寛夫妻、内田百閒、吉行淳之介などで、そうそうたるものでした。

文人の足跡がプレートとして残る

番町の様子が書かれている文学作品として、岡本綺堂『番町皿屋敷』、国木田独歩『おとずれ』、永井荷風『つゆのあとさき』、与謝野晶子『明るみへ』、内田百閒『東京焼盡』などがあります。特に晶子の自伝的長編小説である『明るみへ』では、五番町から一番町にかけて転居先を探す様子や、“秋英社”という出版社の校正担当者とのやりとりなどが描かれ、作品を通して当時の番町に住んでいた文人たちの暮らしぶりを垣間見ることができます。また、画家の藤田嗣治は六番町にアトリエを置き、創作活動を行いました。その様子は写真家土門拳が撮影し、今も多くの人の目に触れられています。

震災や空襲で多くの建物が焼失してしまったため、現在は当時の建物は残念ながらほとんど残っていませんが、番町文人通りや“まちの記憶保存プレート”でその足跡をたどることができます。

番町文人通り略図
千鳥ヶ淵

現在では緑豊かで
閑静な住宅街、
文教地区として

それぞれの時代、常に政治や文化の中心地となり、人々が新しい何かを生みだす舞台となってきた番町。今もなお、おだやかで文化的な暮らしを叶えられる住宅地として、人々に愛され続けています。皇居や北の丸公園など緑あふれる環境やすがすがしい空気、歴史ある建物が建ち並ぶ落ち着いた街並み。ひとたび足を踏み入れれば、誰もがこの街の魅力を感じることができることでしょう。

文化人が集い学問や作品を生み出してきた番町は、その流れを受け継ぎ、今では文教地区となっています。番町小、九段小といった公立の小学校があるほか、女子学院や雙葉、大妻女子などの女子校、語学に強くグローバルな上智大学や夏目漱石も通った二松學舍大学など、多くの学校があることでも有名です。

歴史が積み上げられてきた街並みだけではなく、イギリス・ベルギー・イスラエルなどの大使館もあるこの地では、日本の文化と海外の文化、どちらの空気も感じることができ、学ぶ場所としても非常に魅力的な環境です。

ここまで番町の魅力をお伝えしてきましたが、この街の魅力は、何よりも実際に街を歩いてみたときに感じられるはずです。少しでも番町に興味を持たれた方は、ぜひ足を運んでおだやかな空気や、荘厳な街並みを、あなたの五感で直接感じてほしいと思います。

この場所で、次は何が生み出されるのか。その物語の主人公は、あなたかもしれません。

ナビゲーターの
おすすめスポット

ケンコウバル・サルー

「一日一食健康法」で有名な南雲吉則先生監修。ヒアルロン酸を噴霧した野菜など、こだわりの無添加食材を使った料理を提供。お客さんのリクエストや体調に合わせたアレンジも。バリの材木を使ったテーブルなど、内装もおしゃれ。

【住所】
東京都千代田区三番町3-10 乳房再建センタービル 1F
【電話】
03-3239-3723
【営業時間】
ランチ 11:30 - 15:00
ディナー 17:30 - 22:00(L.O. 21:00)
【定休日】
不定

http://www.nagumo.biz/salud/

【住所】
東京都千代田区三番町3-10 乳房再建センタービル 1F
【電話】
03-3239-3723
【営業時間】
ランチ 11:30 - 15:00
ディナー 17:30 - 22:00(L.O. 21:00)
【定休日】
不定

http://www.nagumo.biz/salud/

相模屋平助商店

130年以上続く老舗の居酒屋でありながら、「常にお客様がリラックスできる空間であれるように」という思いから現在では昼は珈琲やサンドウィッチが楽しめる。地下にある蔵には世界各地のお酒が揃う。

【住所】
東京都千代田区一番町六番地
【電話】
03-3261-4467
【営業時間】
平日 8:00〜22:00
土曜日 10:00〜19:00
祝・祭日 13:00〜19:00
【定休日】
日曜日

http://www.bancho-sagamiyaheisuke.jp/

ナチュラルアート 一番町店

今の日本人には野菜が足りない、もっと野菜をいっぱい食べてほしいという想いから、各地の野菜を新鮮な状態で提供。野菜や果物を購入できるのはもちろん、新鮮なままいただけるサラダバーや生ジュースが人気。

【住所】
東京都千代田区一番町9-14 ユニパリス一番町 1F
【電話】
03-6268-9117
【営業時間】
[月〜金] 営業時間 : 8:00〜20:00
【定休日】
土・日曜日、祝日

http://www.naturalart.co.jp/

【住所】
東京都千代田区一番町9-14 ユニパリス一番町 1F
【電話】
03-6268-9117
【営業時間】
[月〜金] 営業時間 : 8:00〜20:00
【定休日】
土・日曜日、祝日

http://www.naturalart.co.jp/

ル・グルニエ・ア・パン

パリを中心にフランスで20店舗以上を展開。さまざまなパンやケーキを提供。パリのコンクールで2度も優勝しているバゲットは、外側はカリッとして中はもちもち。バターがたっぷり入ったクロワッサンも人気。

【住所】
東京都千代田区麹町1-8-8
グランドメゾン麹町 1F
【電話】
03-3263-0184
【営業時間】
[月〜金]8:00〜21:00
[土・日・祝日]9:00〜20:00
【定休日】
無休

http://www.chez-lui.com/shop/hanakouji.html

円山カヲリ

北海道出身。省庁勤務時よりメンタルヘルスケアに傾倒。退職後、様々なリラクゼーションを探求する中で、真のリラックスは頭部ケアにあることを確信し、2014年「一休のひらめき」をオープン。【脳リラクセーション】に特化した、ヘッドマッサージテクニック「ブレインタッチ®」を提唱。睡眠改善インストラクターとしても、官公庁及び企業で脳ストレスケア対策をテーマにしたセミナーや講演活動を実施。番町では、2011年から6年間児童館でのベビーマッサージ講師をつとめた。夢は、「すべてのブレインにブレインタッチ®」プライベートでは2014年断捨離大賞受賞。「脳も空間もスッキリ」がモットー。

一休のひらめき http://www.ikyu-no-hirameki.com/

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