美しい街を住む BEAUTIFUL TOWN

vol.3 自由が丘 憧れの街、自由が丘に寄り添うくらし

機能と美しさを備えたBRANZの住まい。もし、その周辺に広がる街も、同じように洗練された環境であったなら―。inとしての家と、outとしての街。その二つが融合すれば暮らしはもっと豊かなものになるでしょう。それを実現しているのが自由が丘。ここは、人々の憧れを1ヵ所に集めた、まさにゆめの街でした。

女性達の憧れが集まる街

女性達の憧れが集まる街

駅前から続く通りを折れて石畳に入ると、雰囲気のいいインテリアショップやカフェ、洋服屋さんが続いている―。歩けば歩くたび、新しい発見を与えてくれる自由が丘の街。東急東横線の特急を利用すれば、渋谷まで9分、横浜まで17分とアクセスが良いこともあり、タウン情報誌などによる「住みたい街ランキング」ではいつも上位に挙がります。

自由が丘の魅力は、たくさんのショップが適度な距離感で集まっていること。この街には駅前中央会、南口商店会など12の商店街があり、それらが協力して商店街振興組合を結成。いまでは会員1,300軒に迫る、国内最大級の商店街組織となっています。一軒一軒、個性を活かした店づくりに取り組んでいて、バラエティは非常に豊か。どこかセレブなイメージのある自由が丘ですが、実際は日常使いにぴったりな雑貨屋さんや昔ながらのパン屋さん、普段に着たい洋服屋さんなどがたくさんあり、そこで暮らす人々と自由が丘という街が一緒に呼吸している様子を感じさせます。自由が丘にあるのは、きちんと身の丈にあった、手の届くおしゃれ感。頑張り過ぎてもいないし、堅苦しくもない、「こういうモノがいつも身近にあったらいいな」という、女性の憧れが集まっている街なのです。

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自由が丘に“寄り添う”ということ

自由が丘に“寄り添う”ということ

自由が丘という地名は、昭和5年、教育者手塚岸衛によって「自由が丘学園」が創設されたことに由来します。その3年前に東京横浜電鉄(現在の東京急行電鉄)東横線が開通し、九品仏前駅を設置していましたが、昭和4年に目黒蒲田電鉄(現在の東京急行電鉄)二子玉川線(現在の大井町線)が開通し、九品仏の門前に駅が開設されることになり、これが九品仏前という駅名を名乗ることになったため、従来の駅を学園名に因んで自由が丘駅に改名。のち、「自由が丘駅」となりました。

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もともと農村地帯であったこの街も、太平洋戦争後の復興で駅前広場が設置されると、たちまちのうちに商店数が増加。古くから自由が丘周辺には九品仏、奥沢、田園調布、等々力などの住宅街があり、そこに暮らす人々が、休日にショッピングを楽しむ街として定着しました。

この街で暮らす人はもちろん、足を伸ばして訪れてくれた人にも、自由が丘を楽しんでもらいたい。そんな想いをこめ、自由が丘振興組合は専門スタッフを配置してインフォメーションセンターを開設。探したいお店やセール情報まで教えてくれます。また、地元の女子大生らが自由が丘案内人「セザンジュ」を結成。日曜祝日のみ、街を巡回したり街案内をしたりするサービスを行っています。こうした取組みも、自由が丘という街が示すもてなしの心。だからこそ、人々は自由が丘という街を身近に感じ、ふらりと足を運びたくなるのでしょう。

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※このホームページに掲載中の情報は、2013年11月28日現在のものです。

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