CAPITOL HILL赤坂の杜 永田町の丘
現地周辺航空写真

中枢の静域CONCEPT

日本の中枢としての歴史が、
ここに住まうことへの
矜恃となる。

中枢にて静謐なる緑に抱かれ、
都心全方位を使いこなす日々。
もう出会えないかもしれない、永田町の私邸。

わが国の中枢「永田町」の
高台角地を手中に収める。
私邸のために、わずかに残された静謐の地

江戸幕府開府より約400年余り。
常に日本の政治・経済の中枢であり続けてきた「永田町」は、江戸城を望む高台という立地から、
各国諸大名がおのおの上屋敷などとして広大な敷地を領してきた地。
スケールの大きな街区構成は明治維新の後にも
近代日本の歴史を築いてきた華族や政治家、皇族の邸宅地として受け継がれ、
その多くは今日、「国会議事堂」をはじめとする国立行政機関の所在地となっている。

わが国の中枢「永田町」の高台角地を手中に収める。私邸のために、わずかに残された静謐の地

そして、わずかに残されたプライベートな街区には、
やはりこの地ならではの錚々たる名士らが私邸を構えてきた。
海軍大臣樺山伯爵の孫娘 白洲正子氏が幼少期を過ごし、
昭和の名優 長谷川一夫氏が暮らした「永田町」。
この地にいま、わずか21邸のプライベート・レジデンスが生まれる。
それは、中枢の地「永田町」の歴史を受け継ぐ、確かな一頁となるだろう。

わが国の中枢「永田町」の高台角地を手中に収める。私邸のために、わずかに残された静謐の地
杜に護られる静けさ。都心ゆえの華やぎ。
そのすべてが日常になる。
結界のごとき緑に抱かれながら、
都心の多彩さを享受する。

ここは、江戸城の鎮守・山王日枝神社の神聖な杜に守られてきた、
まさに“結界の静域”とも呼べる丘。
その静けさとともに、足元に広がる赤坂界隈の
華やぎや賑わいをも享受できる絶妙なポジションは、
都心邸宅地に求められる歴史性・利便性・プライベート性
すべてにおいて高次元で応えるものといえる。
歴史を想い、今を闊歩する。「永田町」だからこそ叶うライフスタイルを
わずか21邸のオーナーの皆様にお贈りしたい。

杜に護られる静けさ。都心ゆえの華やぎ。そのすべてが日常になる。結界のごとき緑に抱かれながら、都心の多彩さを享受する。
およそ半世紀で、5物件目の
「永田町」新築分譲マンション。

国会議事堂をはじめ、行政の中枢施設が集積する「永田町」は、その面積のほとんどが、教育機関、神社などを含む公共機関で占められており、“中枢を手に入れること”を許される民間分譲用地の確保が非常に困難な場所と言えるでしょう。事実、過去48年間において、永田町アドレスとなる新築分譲マンションは、わずか4物件。
今回、〈ブランズ永田町〉は、その好機を得た5物件目となります。

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